第6節 ゴールを侵掠すること火の如く
昨年の甲府は、ほとんどが耐え忍ぶシーンの連続だった。点を取れず、点を取られる。思うようにいかない歯がゆい展開。それが今年、大きく変わった。ほどんどの試合で90分間ピッチを支配しているのは甲府イレブンだ。
だが、決して予算的に恵まれているとは言えないクラブは、このオフに大きくチームをいじれたわけではない。圧倒的な個人技で得点を量産し、甲府の首位快走を支えているのは、ピンポイントで補強費を投じて獲得し、チームの浮沈を左右する存在と期待されていたブラジル人FWたちの、だれ一人でもない。
チームを変えたのは、半年前まで高校生としてボールを蹴っていた、無名のルーキーだ。今、甲府ファンのみならず、全てのサッカーファンからJで最も注目を浴びる男、内藤昌豊。彼は“個の力”で、甲府を力強くけん引する。
(文:秋山虎繁 『月間フットボール幕府 6月号』巻頭特集より抜粋)
以下、『月間フットボール幕府 6月号』特集インタビュー記事より抜粋
『難易度のおかげなどではなく』
―開幕からポジションを確保して、ここまでリーグ戦10試合、カップ戦4試合に出場しています。
「そうですね。2試合だけ欠場していますが、私があまり考えないで走り回るものですから、監督が疲労を考慮してお休みをくれました。プロ1年目としては望外の出来ではないかと思っています」
―4月22日のセレッソ戦でのハットトリック。あの試合から注目度が一気に上がりました。
「確かに3点取れました。難易度セミプロだったから……という話も随分されましたが、でも自信になったのは確かです」
―それからすぐ、ルヴァンカップで同じセレッソ戦(5月3日)がありました。3-0で勝利しましたが、そこでも2得点。
「はい。特に2点目が自分としては良かったかな、と思っています。アウトサイドで決めたんですが、よく曲がってくれました。本当は右で蹴りたかったんですが、まだ自信がないので、とっさに利き足に切り替えましたが、上手くカーブがかかってくれて」
『自分の成長がチームの結果につながると思っている』
―4日後のジュビロ戦でもスタメンで1得点。
「ヴィッセル戦と同じで差をつけて勝てた(3-0)ので、とてもよかったな、と。あと、あのシュートも、セレッソ戦と同じキックで決められたんですよね。1つ、形を作れたなあ、と思ってます」
―つまり、実戦の中で成長している、と。
「そうかもしれません。今はまだプレーに慣れなければ、と必死にやっていますが、徐々に周りのレベルに追い付けてきたと思っているので、そうすればもう少し余裕が出て来て、もっといいプレーも出せるようになるんじゃないかな、と」
―将来のビジョンがもう見えている?
「どうでしょうか。自分の目指しているのは天下に名を轟かせるというところなので、そういうプレイヤーになっていくためには、自然と試合の中での引き出しを増やしていかないといけないですし、そうなれれば、チームをさらに引っ張っていくことができるかもしれない。でも、今はとにかく城代(じょうだい)くらいを目指して経験を積みながら、1つ1つのプレーの精度を上げていきたいですね」
―じょ、城代ですか……
「まあもちろんサッカーに城代なんてありませんけど、そのくらいの出世欲は持って勝負していきたいです」
―このまま、好調を維持できるでしょうか。
「分からないです。自分のプレーについては、もっとよくできる自信はありますが、他のチームがこのまま逃がしてくれるとも思えないです。今まではノーマークというか、そういう中で勝ち点を稼いできているので。きっと近々、試合の難易度は1つ2つ、上がってくると思います。そこからが正念場になるでしょうね」
練習場 -5月13日‐
雑誌の取材は疲れるな。何をしゃべっていいのか分からなくなる。
黒田官兵衛「無難にお話になっておられたではありませんか。天狗になったような、大風呂敷を広げた言葉などは、とてもあなたには似合いませんから、謙虚に、落ち着いたことを喋られればよろしいのです」
山本勘助「だいぶ仰りますな、官兵衛殿。とはいえ、ちょいちょい武将らしい単語が混ざっておりましたのは、御愛嬌ですな」
つい出ちゃったのだよ、つい。それはそうと、1つ前の試合はまたお休みだったのだよね(ルヴァンカップ・アルビレックス新潟戦)。2-1で試合は勝てたけど、見てるだけはやっぱりちょっと怖かったなあ。
勘助「シーズンは長いのです。あまり焦らずに。またまだ半分も来ておりませぬゆえに。最後までへばらずに試合に出られるよう、時には休みも肝要」
官兵衛「チームの立場からすれば、今や4千2百万ドルという法外な価格評価をされるスーパープレイヤーになったあなたが、常に万全のコンディションで出場できるように気を使っていますぞ」
……なんですって?
官兵衛「あなたの価値はプロになった時点から354%も上昇しているのです。私にもちょっとよく分らない高騰の仕方ですが、チームとしては是が非でも守りたくなるプレイヤーですな」
勘助「……それはそれは。これは近い将来に移籍でもすれば、代理人殿の懐には大金が転がり込みますのう」
いやいや、私の価値なんて移籍が発生しないと意味のない話だし、移籍なんてまだまだ先。今はそんな机上の空論よりも、とにかく目の前の試合を攻略することに全力を注ぐぞ。
- DATE
- 5月14日 第11節
- VS
- 横浜F・マリノス
- SCORE
- 4-0
- GOAL
- 23′・43′ドゥドゥ(甲)
- 57′・78′内藤(甲)
好調を続ける甲府との一戦に臨む横浜は、本来CBのデゲネクを中盤で起用。甲府の司令塔になりつつあるボザニッチへの警戒か。ディフェンスはパク・ジョンスと中澤のコンビ。
一方の甲府は内藤が戻ってドゥドゥとの2トップ。エデル・リマはお休みで、新井が後ろに下がり、ディフェンスのコントロールは畑尾が担当。
試合が始まってみると、やはり甲府がピッチを支配。守備重視で挑んだはずの横浜ですが、23分にドゥドゥのヘディングシュートで早々の失点。
さらに前半終了間際の43分にはCKからドゥドゥが押し込んで2点目。嫌な時間帯の失点に、横浜は意気消沈でハーフタイムへ。逆の甲府は後半へ勢いづきそう。
横浜の不運はまだまだ続きます。57分、甲府が放り込んだクロスをカットした中澤が、エリア内で痛恨のコントロールミス。絶好調の内藤がこのこぼれ球を見逃してくれるはずもなく、素早くボールを奪って3点目のシュート。
78分にポジションを右に移していた内藤が、エリア内へ侵入すると、コントロールされたシュートで再び横浜ゴールを攻略。終始流れを手放さなかったビジターチームが4点を挙げ、悠々と勝ち点3を持ち帰りました。
練習場 ―試合翌日―
ふむ、評点9.6にマン・オブ・ザ・マッチ、非の打ち所がない活躍ぶりだな……。
官兵衛「そうですねえ。あなたの能力を表すOVRは既に73を超えて74に迫る勢いです。あなたより上の数値を持つ選手は、ポドルスキや小林悠といった、リーグ屈指の選手が4名ばかりのみ。もちろん、一概に比較はできませんが……」
勘助「そろそろ、このJリーグでは飛び抜けた選手におなりになった、ということですな。しかもこれがまだ10代の選手。価値が高騰する理由が、お分かりになりましょう」
そうかあ。昨日今日サッカーに触れ始めたこの私が、あっという間にそれほどの選手に成長した、というのは、何やら妙なことでもあり、面映ゆい気も有るが、だがそれだけの責任も果たさねばならない。ますます甲府の為に頑張って得点を挙げていこうではないか。そして甲府を日の本一のチームに!
時代や地域によって意味合いが少し違いますが、おおよそ読んで字のごとく、「城主の代理」。本来の主に代わって、その城の差配(管理)を任された人のこと。現代風に言い換えれば「海外出張中の偉い人の代理の役職」とかそんな感じっぽいですが、当然ながらサッカー選手にそんなグレードは無いので、内藤さんは何を言っているんだか。ちなみにこのコーナーは、主として「歴史とか詳しくないよ、という方への補足」として書いていますが、そういう方がこんなページに辿りつき、こんなところまで読んでくださるのかどうか。