明るい未来が見えなくなってきた内藤です
1549年6月 全滅ってなんだっけ
えーっとですねえ、結論だけ先に言いましょう。小田原城攻撃は武田の全力を挙げたのですが、結局半年ほどかかってでた結果は惨敗。我々も6600の兵が最後はわずか190まで減った状態となり、這う這うの体で帰ってまいりました。
秋山信友「兵が全滅すると、領地の民にそっぽを向かれますからな。要注意です」
そうはいってもあの兵力で小田原攻めを強行とかいう判断するのがおかしいんだって。誰がとはいわないけどさ。
山本勘助「さて、新しい主命が届いております」
主命:小田原城を攻略せよ
やってらんねぇ。
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とりあえず、軍備なのですが
なにがどうやってられないかと申しますと、戦に次ぐ戦の結果、我が武田の総兵力は…約10000というところです。
一方で、喧嘩売ってる相手の北条は約36000という兵力を持ちます。
城攻めやるってだけでも不利なのに、敵の方が兵力が大きいという、どーしようもないアレな状態だってことなんですよ。でも主命は小田原攻略。ひでえもんだ。
秋山「とはいえ、武家町と温泉の開発に力を入れておいたおかげで、兵力の回復は早うござる。そう懸念することもないのでは?」
勘助「いや、それは違う。新たに集まった兵は戦を知らぬ。いわゆる訓練度が低いのだ」
そこなんですわね。昔だったら“訓練”コマンド一発で大幅上昇したもんですが、昨今ではそうもいかんようなので、ある程度時間が経過するのを待つしかない的な。
馬場信春「おう昌豊、遊びに来たぞ。この戦乱の世で、お主の望むことはなんだ?」
なに突然、人ん城(ち)やってきて哲学的な質問を投げかけてるんスか。そうですねえ、直近の望みではとりあえず主命変更してくれないかな、ってなところですかね。
1549年12月 それでも何とかしてしまう内藤@名将だよ
いくら愚痴をこぼしたところで、我がお館様は一度こうと言い出したことは変えないタイプのお方。となれば、なんとかその命をこなすことが家臣の務め。それがしは、勘助殿と議論を繰り返し、ある「機会」を狙っておりました。すると…
秋山「申し上げます! 安房の里見勢約15000、北条の三崎城に攻め懸かり、これを落としました!」
きたきたきたきた! 北条の領土・相模の三浦半島では、さほど軍備が重視されていなかった一方で、対岸の房総半島・安房の里見家が軍備を増強しておったのは先刻承知であった。これで北条は、まず三崎城を取り戻すために兵を挙げるはず。となれば、小田原に兵を回しておる余裕はあるまい。好機じゃ、直ちにお館様に早馬を!
秋山「ハ、ハハーッ!」
勘助「ただちに任務として下されておりました国人・膝折衆と、小田原の高瀬忠行への襲撃を行うべく、兵を出しますぞ」
高瀬…内通させたり突然襲撃したり、いいように使ってしまって申し訳ないが、これも乱世のならいじゃ、許せ。
勘助「それと、先の密書への返事は、どのように」
…断る。だが、わしに手を伸ばしてくるということは、必ずや何か動きを起こすはず。油断するなよ。
勘助「御意」
1550年2月 第二次小田原攻め
――いよいよ小田原攻めリベンジだ。お館様の意気込みも並々ならぬものがある。それがしは中老の役職を申し付けられ、此度は副将格として戦に臨むことになった。
秋山「1つの部隊ならば大将副将の区別はありますけど、今回の内藤様の副将格ってのは、自称しているだけで、そんなシステムはないですよ、このゲーム」
勘助「しーっ、静かに。珍しくシリアスに話しておられるのだ」
さて、小田原攻めに動員された我が武田の兵力は、おおよそ17000。うち6500が我が内藤勢。そして、小田原を守る笠原信為の兵は、約3500。北条は里見と三浦半島付近で戦になっておるから、援軍はそう多くは送れぬ。ただ、小田原を攻めている時に、援軍に包囲の背後を衝かれるのだけは避けたい。
あとは平塚辺りに陣を張り、東から来援する北条勢に睨みを効かせる。北条の援軍はせいぜい出せて4000。わしが軍勢を見れば、うかつに近づけまい。で、城攻めは、富士吉田経由でやってくるお館様以下に任せよう。これで備えは盤石。小田原は掌中に落ちる。
秋山「んで、実際のところはどうなんです?」
これ以上兵を損じて、内政を面倒にしたくない。
秋山「ですよねー」
しかし、包囲が順調に完成したかに見えた5月のこと。
勘助「…申し上げます。長尾景虎が軍勢が信濃へ侵攻。お味方の深志城を攻め落としたとの知らせが参りました」
うっ、案の定…。しかも、深志城はわが舅・駒井高白斎殿が守っていたはず。舅殿は自害なされたか、捕らえられたか…なんたることだ。
勘助「いずれにいたしましても、信濃の兵を小田原攻めに動員している以上、守りは手薄。長尾勢がさらに攻めてまいりますれば、その勢いは燎原の火のごとく、甲斐まで迫りかねません」
長期戦は不利か…。仕方がない。我らも小田原包囲に参加するぞ。一気に小田原を攻め落とす!
1550年7月 一難去って
武田晴信「昌豊、大儀であった!」
ハ、ハハーッ!…ついに北条の本拠地・小田原城を落としました。いやあ、大変な苦労を強いられた。無茶な主命を果たすために随分と胃を痛くした気もしますが、ようやく報われた気がする! 特に恩賞がないのが気になるけど!
晴信「さて、新たな主命を申し渡そう。次の目標は、蒲原城じゃ。昌豊、その方を先鋒といたすゆえ、手ぬかりなく支度を整えよ」
蒲原城…えっ?
北条との戦いまだ終わらず、北信濃に長尾の攻撃を受けている中で、諸大名中トップの兵力を抱える今川と、新しく戦端を開くですって? ちょっと昌豊、意味わかんないんですけど。
秋山「あ、内藤様の一人称がおかしくなった」
勘助「今川と戦、ねぇ…」