第13節 サッカーの母国は甘くない
2017年、Jリーグに彗星の如く現れ、ヴァンフォーレ甲府にリーグ制覇をもたらし、自らも個人タイトルを総なめした若きスター、内藤昌豊。2018年早々、彼はJでの2年目を迎えることなく、サッカーの母国、イングランド・プレミアリーグへと移籍した。移籍先は名門アーセナル。常に優勝争いが期待される環境へ、高額の移籍金で迎え入れられた若きスターの挑戦。だがおそらく本人や周囲が思い描いていたものからはほど遠い結果が待っていた。公式戦出場わずかに10試合。リーグ戦の外にFAカップ、ヨーロッパリーグの試合を抱えるビッグクラブにおいて、彼がその実力を発揮し、輝く機会を十分に得たとは言い難い。内藤とアーセナルに、いったい何が起きていたのか―。
(『月刊フットボール幕府 2018年6月号より)
2月27日のロンドン ‐アーセナル練習場‐
……あのだな。日本から来ていきなりレギュラーを取れるほど甘くはないだろうと覚悟はしていたのだが、さすがにちょっとこの扱いは想像していなかったぞ。二ヶ月でわずか一回の出場とは。
山本勘助「うーむ……これはどう考えればよいものか。30億を超える移籍金を支払った選手への扱いとは思えませぬが」
黒田官兵衛「難しいところですな。アーセナルはいかにもリーグ戦で不振でございますゆえ、特に前線の梃入れとしてあなた様を獲得した訳ですが、その序列が、チーム内でなかなか上がってこない、というところでしょうかな」
勘助「基本フォーメーションは5-2-3。前線は左右に翼を張り出し、真ん中にストライカーがどんと構える形で、そこに選手を当てはめると……」
〔ストライカー〕
A・ラカゼット 85
O・ジルー 83
〔左ウイング〕
A・サンチェス 89
〔右ウイング〕
Oxl-.チェンバレン 81
T・ウォルコット 78
ここに私。OVR84で、ストライカーと左ウイングで考えられている、ようだ。左が利き足だけど、右で使ってもらっていいんだがな……。
官兵衛「ストライカーはラカゼット、左ウイングはサンチェスが第一候補である点は今時点で揺らいでおりませんゆえ、ローテーション要員扱いになっておるのですな」
勘助「これを打破するためには、なんとか実力を示していく必要がございますが……」
官兵衛「1月17日のFAカップ、ポーツマス戦ですな。3トップの真ん中、ラカゼットの代役としての出番でしたが」
勘助「しかしその後の公式戦9試合で出場したのはFAカップの2試合だけで、どちらもノーゴール。リーグ戦4試合に関しては招集もされませなんだ」
正直、2月前半に4試合連続で出番がなかったときは、早くも戦力外にされたんだと思ったが……この扱いの理由はなんだと思う、官兵衛よ?
官兵衛「ええ、それを考えるために、本日は第三者的視点を持った方に来ていただきました」
秋山信友「どうも~。『月刊フットボール幕府』のプレミアリーグ担当に任命されました、秋山です」
おおう、これまで何度もインタビュー記事を手掛けてくれた秋山氏ではないですか。わざわざこんな遠方までありがとう。前世の家臣という絆が、ここまで強かったとは。
秋山「いえいえ、取材費で来てますから。観光のついで……もとい、ついでに観光して帰ろうかなと」
官兵衛「それで秋山殿。記者の目から見て、今の内藤様の置かれた状況を、どうお考えに?」
秋山「ずばり、動きが悪いからですね。デビュー戦含めた3試合の評点平均が6.1。ひどく悪いって訳でもないですが、高いって訳でもない。イマイチです。これはポジショニングの悪さが問題でしょうね。3トップやるの初めてだから、よく分ってないでしょ」
うっ、確かに試合中、妙な所をうろうろして監督に嫌な顔をされたりしている気はしていた!
秋山「適正なポジションが分からなかったら、L1ボタンだか押しておくと、自動的に修正されますから、そういう感じでチームのバランスを崩さない場所にいるようにしたほうがいいんじゃないですかね。多分」
勘助「これは手厳しいご指摘ですな、秋山殿」
ううむ、ポジションに対する意識をもっと強くもった方がいいか……では実践の場が巡って来れば……むむむ……。
官兵衛「そうですなあ。明日のFAカップ、マンチェスターユナイテッド戦で出番があればよいのですが……」
秋山「可能性はゼロじゃないですから、信じて待っといても無駄じゃないですよ。限りなくゼロに近いとは言え」
勘助「いちいち手厳しいですな」
秋山「まあ、前世馴染みですからねえ」
―試合ダイジェスト―
- DATE
- 2月28日 エミレーツ・FAカップ 5回戦 2ndleg
- VS
- マンチェスターユナイテッド(H)
- SCORE
- 4-1
- GOAL
- 10’・22’ 内藤(ARS)
- 28’ モンレアル(ARS)
- 45’ ポグバ(MUN)
- 79’ サンチェス(ARS)
5月14日のロンドン ‐アーセナル練習場‐
……シーズンが終わり、いったん帰国の途につくを前にして、反省会のようなことはあまりしたくはないのだが……。
官兵衛「まあそうおっしゃらず。『勝って兜の緒を締めよ、ということを忘れてはならない』と、北条氏綱様が申し遺されたと聞きますが、勝っておらぬ今、ますます厳しくこの先に備えることは肝要でございましょう」
勘助「官兵衛殿まで当たりが厳しゅうござるな。確かに思うようにはいかなんだこの半年ほどですが」
結局ハイライトはあのマンU戦だったな。あの直後、ヨーロッパリーグのサウザンプトン戦でも1点取って活躍したけど、相変わらず出番は2試合に1試合くらいのペース。エースストライカーのラカゼットが故障していたにも関わらず、だよ。
官兵衛「3月半ばにしてチームはFAカップ、ヨーロッパリーグで敗退し、プレミアリーグの試合だけになりましたが……」
勘助「リーグ戦9試合で出番は3試合。ラカゼット、あるいはサンチェスといったポジション争いのライバルが故障離脱を繰り返していたことを考えれば、ちと物足りないですな」
しかし、だねぇ……
ところがレスター戦の後、4月中の3試合には一切出番なし。5月に入って36節バーンリー戦はアシストだけだったけも、
勘助「出場4試合と限られた中、3ゴールは見事なものと言えましょうが……」
官兵衛「にしても、あまりに出場機会を貰えなさ過ぎましたな」
なんだろうね。ポジションは気を付けるようにしたんだけども、こうも出番を与えられないと、厳しい。監督は毎月「ゴールをいくつ決めろ!」みたいな目標をくれるんだけども、そもそも試合に出られないから目標に届かない。そうするとマスコミ向けに「内藤はもう少しやれると思ったけど期待外れ」みたいなこと言われてしまうのだ。この扱いは正直たまらぬ。
勘助「まこと、厳しいですな。しかしチームは6位に終わったものの、総得点69点はリーグ3位。攻撃陣はあなた様の加入で活性化したと申してもよいのやもしれませぬぞ」
官兵衛「ですが試合に出られぬでは納得いきますまい。もし、これ以上は我慢なりませぬようなら、再び移籍志願をチームに提出なされるがよろしい。引く手あまたかどうかは分かりませぬが、今のあなた様はどこかのチームが欲しい、と言ってくれる可能性が高い選手になっておりますゆえに」
うーん……だが、そう易々と尻尾を巻いて逃げるは、いかにも武士の名折れ、口惜しいことだ。この内藤昌豊、武田武士の誇りにかけて、来シーズンこそ必ずやこのチームで成績を残してみせよう!
あるいは秋山虎繁。”武田家の猛牛”と信長に恐れられた信玄自慢の猛将。内藤さんの前世では、人を勝手にライバル認定し始め、寄騎(家臣)になったと思ったら丁寧語の慇懃無礼キャラに。内藤さんと違って、大河ドラマ『風林火山』にバッチリ出ていたからでしょうか。現代では内藤さんより年上で、見るからに怪しげなスポーツライターです。
北条氏綱
北条早雲の跡継ぎであり、北条姓を冠したのはこの人から。関東の諸将と戦って領土を拡大させたなどの功績がある他、文中で官兵衛が言った通り「勝って兜の緒を締めよ」という遺言を残した人物としても知られます。